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カップラーメンはなぜ大発明なのか? 

カップラーメンはなぜ大発明なのか。そのすごさとドラマについて

ミケ

過去の大発明を参考に僕も発明するのにゃ

弁理士

大発明のヒントが隠されています!

それでは、カップラーメン完成した1971年およびその前日譚に当たる1960年代がどんな時代だったか、から見ていきましょう!

目次

【時代背景】日本が途上国から先進国になった1970年

 【前日譚】高度経済成長を完成させた1960年代

1970年代初頭は日本が先進国の仲間入りを果たした時代と言えます。その前日譚として、まずは1960年代がどんな時代だったのかを見ていきたいと思います。

1960年代の日本は、経済が発達しまくった「高度経済成長期」の真っ只中でした。

主要産業は農業から、工業やサービス業へと変わっていきました。就職のため、地方から都市部への人口移動が加速し、都市郊外に建てられた団地や住宅に、夫婦と子どもからなる「核家族」が住むことが一般的になりました。いわゆるサラリーマンが大増加した時代です。

生活面では、いわゆる「3C(カラーテレビ、クーラー、自動車)」の普及に代表される物質的な豊かさの向上と、都市化、レジャーの多様化がありました。コンピュータやスマホ以外は現在と大体同じ家電製品がそろった時代です。

これらの変化にともない、1960年代は、食べ物の事情も変化しました。外食が特別なものから日常的なものへと変化し、インスタント食品やレトルト食品など、プラスチック容器を活用した新しい食品パッケージが多数登場し、人々の食生活を大きく変えました。例えば、ボンカレーは1968年に発売されました。

ミケ

手軽でおいしい食事が求められる時代になったのにゃ

未来が可視化された1970年初頭

このような流れの中、1970年、日本で非常に大きなイベントが開かれます。

それは日本万博博覧会いわゆる「大阪万博」です。

弁理士

1回目の大阪万博は1970年なんです!

 大阪万博では様々な未来の発明が示されました。例えば以下のようなものがあげられます。

  • 情報通信: ワイヤレステレホン(携帯電話の原型)、テレビ電話
  • モビリティ: 電気自動車、リニアモーターカー(浮上走行のデモンストレーション)
  • 生活技術: 動く歩道、エアドーム(空気膜構造。後の東京ドームなどに応用)
  • 宇宙開発: 最も人気を集めたパビリオンの一つであるアメリカ館では、アポロ計画で持ち帰られた「月の石」が展示され、長蛇の列ができました。

 このような中、外食関係でも先進的な発明が開示されます。万博の米国ゾーンでは、「ケンタッキーフライドチキン」に長蛇の列ができました。また、以前からローカルで人気を博していた回転ずしにも長蛇の列ができました。

 さらに、1969年に発売されていたのUCCの缶コーヒーが万博の場で大々的に発売されました(ただし、世界初の缶コーヒーは1965年に日本でミラコーヒーというのが発売されているみたいです)。それまではコーヒーを缶ジュースのように外で手軽に飲むという発想はなかったので、驚きの新商品でした。

 参考:日本万国博覧会 – Wikipedia

 ちなみにこの時の缶コーヒーの値段は1本70円。これは当時の喫茶店で飲むコーヒーとほぼ同じ価格設定だったとされています。インスタント食品が未来的なイメージを持つ高付加価値製品だったことがうかがえます

ミケ

現在よりも「インスタント」であることの価値が高いにゃ

弁理士

インスタント食品はハイテクだったのですね

なお、この外で手軽に飲めるUCCの缶コーヒーは万博後に大ヒット商品となります。

カップラーメンが発明された1971年

カップラーメン成立の背景

 ここまでの話を踏まえてカップラーメン成立の背景を考えてみましょう。時代背景として以下の点があげられます。

  • 高度経済成長を経てサラリーマン増加、核家族化が進み、外食やインスタント食品が求められていた
  • 大阪万博がもたらした近未来イメージ(外で手軽に飲める缶コーヒーが発売し、大ヒット)
  • インスタント食品は最新の商品。まだ珍しく、高付加価値製品。
  • プラスチックの食品包装容器は普及していた

 1971年は社会が豊かになるとともに、「新しい時代がやってくる」という感じが日本全体を包んでいたことがうかがえます。そして、それに伴い、「外で手軽に食事をとる」ライフスタイルの変化がビジョンとして示されていたといえます。

 なお、1971年にはマクドナルド第1号店も銀座三越にオープンしています。なんとこれはテイクアウト専門店。休日には「銀座歩行者天国」でハンバーガーを片手に食べ歩く人が続出したそうです。

 缶コーヒーにハンバーガー、手軽に外で食べることが新しい文化として普及しようとしていたことがうかがえます。

 なお、大前提として従来から袋入りのフライ麺存在しています。

ミケ

それなら、同じ発想でカップラーメンを発明できそうにゃ

 ところが、話はそう簡単ではありません。実は日清の商品「カップヌードル」が発売される前から容器入りのフライ麺は発明されていたんです。しかも、複数会社が目を付け、ある程度までは製品化に成功していたようです。しかし、発売には至らなかった。

 実は、この時点のカップラーメンには大きな問題があったのです。それを克服したのが日清のカップラーメン特許なのですが、まずは、従来の問題点を見ていきましょう。

大発明のカップラーメンはどんなもの?

従来のカップラーメンの問題点

 従来のカップラーメンには大きく分けて、以下の2つの問題がありました。

  • お湯を入れたときに、めんが固まってしまい、良くほぐれない(おいしくない)
  • 輸送中に乾燥めんが容器にぶつかって、容器が壊れてしまう

 まず、麺が固まってしまう点ですが、従来の袋入りフライ麺は、大きな鍋やどんぶりの中で作っていましたよね。フライ麺と容器の間に隙間がたくさんあるから、めんが良くほぐれ、塊にならかなったのです。でも容器入りフライ麺として売る場合は、容器が小さいので隙間が十分にありません。それで麺が固まってしまうのですね。

 次に、容器が壊れてしまう点ですが、フライ麺は、結構固いですよね。これに対し、当時の食品容器はそれほど強固ではありません。ですので、トラックなどで輸送していると、硬い麺がぶつかって容器が破損してしまいます。これでは商品になりません。

 しかもこの2つの問題は、表裏一体です。容器と麺の間に隙間がなければ、麺はほぐれません。だからと言って、容器と麺の隙間を大きくすれば、輸送中により激しくぶつかることになり、容器が破損していしまいます

 麺をほぐす隙間は必要だけれど、輸送中に麺がぶつからないように、隙間はなくさなければならない、この矛盾を解決しなければなりません。

ミケ

大きくて頑丈な容器に入れればよいのでは?

弁理士

その考えは甘いと思います

 当時の人々の気持ちになって、よく考えてみてください。大きくて頑丈な容器なんて手軽に外で食べられませんよ。見た目もよくないでしょうし。そんな中途半端な製品を出して、果たして売れるでしょうか?

 われわれは、今のカップラーメンが当たり前になっているから、気づきませんが、カップラーメンはそんなに簡単に売れる商品ではないのです。結果的にたくさん売れているから、後知恵でヒット商品だということがわかっていますが、開発当時はそんな風には思われていないはずです。

 革新的な特許の内容を見る前に、ちょっと当時の気持ちになって、カップラーメンの不安要素について考えてみましょう。

技術面以外でカップラーメンが売れない理由

 あなたが初めて、カップラーメン、すなわち容器入りのフライ麺のアイディアを聞いたとして、「これは絶対にヒットする」と思うでしょうか? きっと、そうは思わないはずです。少なくともカップラーメンについて、以下の不安点を思いつくはずです。

  • 家にどんぶりがあるのに、なぜ容器が必要なのか? どうせお湯を沸かすのだから、持っているどんぶりをつかえばよい。容器の分割高だし、ごみが増えるだけだ。
  • 外でラーメンを食べる必要があるのか? ハンバーガーやコーヒーのようにおしゃれな食べ物じゃないし、逆にみっともなくないか?
  • 具が足せない。卵やねぎを乗せるのが好きだったのに。
  • 小売店からみれば、容器の分たくさんのスペースをとり、売り場を圧迫する。
  • 総じていえば、従来の乾燥めんで十分だ。カップラーメンが必要となるのはどうしても外でラーメンが食べたい場合だけだ。そんなことはほとんどないと思うが。
ミケ

ひどいにゃ。カップラーメンのHPがゼロになってしまうにゃ

 あくまで推測ですが、当時の人々もカップラーメンのアイディアを聞いたら、同じような印象をいだいたと思います。

 今までにない商品を売るには、消費者の意識を変える斬新さと、新しいものへの不安点を補って余りあるメリットが必要です。これは技術的な課題とは別問題です。乾燥めんを大きくて頑丈な容器にいれるアイディアでは上記のようなネガティブな意見を覆せないでしょう。

 容器は手軽に持ち運べるよう、また、売り場を圧迫しないよう、なるべく小さくなければなりません。そして、できるだけスマートでおしゃれに見える必要もあるでしょう。

カップラーメン特許の斬新さ

 さぁ、それではいよいよ上記問題を解決した特許第924284号「容器付きスナック麺の製造法」を見ていきたいと思います。

 まずは「容器付きスナック麺の製造法」という名前に注目してください。「製造法」となっている通り、これはカップラーメンを作る方法についての発明なのです。なお、大前提の補足ですが、スナック麺とはフライ麺のことで、生めんを油で揚げてつくるものです。

 ではそれはどのような製造法なのか? 簡単に説明すると以下のようなステップです。

1.金属網でできたカップ形状の型に、容積比で50%から80%程度の生めんをいれる

2.カップに蓋をしてフライヤー(たっぷりと油を張ったなべ)に沈める

3.カップ型のフライ麺ができる。ただし、めんは油のなかで浮き上がろうするが、ふたがしてあるので上部は密になっている。逆に下部に隙間ができる。

4.カップ型のフライ麺を、それより少しだけ大きいカップ(=容器)にいれる、

 このように作れば、カップにぴったりとはまった状態のフライ麺が作れます。つまり、平面方向には隙間がない。しかも、フライ麺はカップの内壁に挟み込まれるように配置されているため、下部には隙間があります。上記の工程3の通り、フライ麺の下部には隙間ができているからです。

 麺をほぐす隙間は必要だけれど、輸送中に麺がぶつからないように、隙間はなくさなければならない、この矛盾をが見事に解決しました。

ミケ

おみごとだにゃ!

 

このようにして、小さな容器でも輸送中に容器が壊れず、かつ、お湯でよくほぐれるカップラーメンができました。

日清食品カップヌードルのデザイン

 さらに、上記の特許以外にもデザインの工夫もあります。

 今までにない商品を売るには、消費者の意識を変える斬新さが必要だと上に書きましたが、カップラーメンの発明者である安藤百福氏はそのことを十分に心得ていました。では消費者の意識を変えるには、つまり、ラーメンを外でカップで食べることをかっこよくするにはどうしたらよいか?

 それはずばり、デザインでしょう。

 日清食品カップヌードルのパッケージデザインをかっこいいと思ったことはありませんか? 少なくとも同じ日清から発売されているチキンラーメンのデザインとは、まったく別で、スマートになっていますよね?

 実はカップヌードルのデザインを手掛けたのは、1970年の大阪万博のシンボルマークも手がけたグラフィックデザイナーの大高猛氏なのです。

 

画像引用元 日清食品HP:NISSIN HISTORY | 日清食品グループ

 日清カップヌードルは、技術面だけでなく、デザイン面でも万全の態勢でリリースされたのです。

弁理士

さぁ、果たして売れ行きやいかに?

発売後のカップラーメン

当初は売れず

  カップヌードルは当初あまり売れませんでした。

ミケ

どうして…

 理由は、上に書いたことそのままです。ラーメンなんて家で食べるもので、外で食べるものではないし、家で食べるなら自分のどんぶりを使えばよい。しかも当時の価格は1個100円。これに対し、袋入り麺は25円。ラーメン屋でラーメンを食べても180円くらいだったそうですので、だいぶ割高です。

 小売店もこんなの売れるわけがない、とそもそも店頭に置くことすら難しかったのです。

 デザインも機能も極限まで突き詰めたはずの日清「カップヌードル」にいったい何が足りなかったというのでしょうか?

あさま山荘事件を契機に注目

 この状況が一変したのは、1972年に起きた「あさま山荘事件」のテレビ報道がきっかけです

 あさま山荘事件というのは過激派のひとが「あさま山荘」に人質を取って立てこもった事件です。この事件は真冬におこったのですが、この事件現場にカップヌードルが差し入れられたのです。

 参考:あさま山荘事件 – Wikipedia

 現場は山奥で、とても寒い状況でしたので、温かくで簡単に食べられるカップヌードルが差し入れられたのですね機動隊員が湯気の立つカップヌードルを美味しそうにすする姿がテレビで連日生中継され、全国の視聴者から大きな注目を集めました。

 ここでカップラーメンがみんなに知られるようになってから、徐々に普及していくのです。

 百聞は一見にしかず。理屈の上では敬遠されていたカップラーメンですが、実際に機動隊員が食べている姿を見ると、みんな食べてみたくなってしまったのです。

 この1件は狙ってできるものではなく、偶然のたまものでしょうが、デザインも機能も優れた商品であっても、それだけでは売れず、プロモーションがいかに大切かがわかります

世界食品として

 その後、日清カップヌードルは爆発的に売り上げを伸ばしていきます。

 さらに、日清食品の社長である安藤百福氏は、一つの企業が技術を独占するのではなく、業界全体で切磋琢磨し、市場そのものを大きくすることを重視し、これらの特許を他社ライセンスすることにしました。

 これは、カップラーメンという製品のイメージを損ねたくなかったことも理由にあるのだと思います。新しい製品はまず市場に受け入れられることが重要です。そのためには業界全体で品質向上に努めなければならない。

 その結果としてカップラーメンは今や世界に広がり、その売上数は年間約1230.7億食(2024年)にものぼります(カップラーメン含むインスタントラーメンの売上です)。仮に1食平均100円とすれば12兆円もの市場規模になったのです。

 *年間の食数の引用元 一般社団法人 日本即席食品工業協会 HP:https://www.instantramen.or.jp/know/history

 カップラーメンがなぜ大発明なのか? 

 カップラーメンがなぜ大発明といえるか? 

 特許にもなった製造法の工夫も重要ですが、もっと重要なことがあると思います。

 それは時代の先を読み、食に対する人々の意識の変化を見越した製品開発をしたことです。

 カップラーメンの製品としてのすごさに、小売店の人々や一般消費者は最初は気づかなかったことを思い出してください。しかし、発明者の安藤百福氏はそのポテンシャルに気づいていた。カップラーメン=容器入りのフライ麺には、袋入りのフライ麺とは全く違う需要があり、その需要にこたえる商品イメージがあったということです

 時代を先読みして、ヒット商品をイメージできる能力はスティーブ・ジョブスにも通じるものあります。カップラーメンは食品業界のスマートフォンみたいなものだったのかもしれません。

すごく参考になったにゃ

弁理士

そろそろミケが何を発明するか、考えていきましょう!

 次回は「ミケは何を発明する? AI? VR?」みたいなテーマです。

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